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大阪高等裁判所 平成2年(ネ)1641号 判決

控訴人

川久保信子

川久保操

右両名訴訟代理人弁護士

安保嘉博

金子武嗣

秋田真志

被控訴人

京都市

右代表者市長

田邊朋之

右訴訟代理人弁護士

彦惣弘

主文

一  原判決を取り消す。

二  本件を京都地方裁判所に差し戻す。

事実及び理由

第一当事者の申立

一控訴人ら

1  主位的申立

主文と同旨

2  予備的申立

(一) 原判決を取り消す。

(二) 被控訴人は、控訴人らに対し、金九四万三三三七円及びこれに対する昭和六三年一月一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(四) 仮執行宣言

二被控訴人

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二事案の概要

一争いのない事実

原判決一枚目裏一〇行目から同二枚目表六行目まで記載のとおりであるから、これを引用する。

二争点に関する当事者の主張

原判決二枚目裏一二行目の「採決」を「裁決」と改め、次のとおり被控訴人の主張に対する控訴人らの反論の要旨を付加するほかは、原判決二枚目表八行目から同三枚目表一二行目まで記載のとおりであるから、これを引用する。

(被控訴人の主張に対する控訴人らの反論の要旨)

1 法理論上、地方税法上の固定資産課税台帳の登録事項についての不服申立手続を定めた一連の規定は、行政処分の公定力を排除する機会を与える手続に過ぎず、一般法理に基づく不当利得返還請求を全面的に排除する特別規定とみることはできない。

2 実質上も、右手続は、国民の権利救済の観点からみて極めて不十分なものであるから、右手続の存在をもって、実質的に不当利得返還の方法が講じられているとみることはできない。

第三証拠〈省略〉

第四理由

一被控訴人は、控訴人らの本訴請求の適法性等に関し、前記(原判決二枚目裏七行目から同三枚目表一二行目まで)のとおり主張するので、まず、この点について判断する。

1  被控訴人の右主張に関連する地方税法の規定の内容については、原判決三枚目裏一二行目の「機関」を「期間」と、同四枚目表四行目の「できる(同条二項)。」を「でき(同条二項)、固定資産税の賦課についての不服申立てにおいては、右事項についての不服を当該固定資産税の賦課についての不服の理由とすることができない(同法四三二条三項)ものとしている。」とそれぞれ改めるほかは、原判決三枚目裏四行目から同四枚目表四行目までの説示を引用する。

2 しかして、右の一連の規定の趣旨は、固定資産税の賦課処分の特質に対応させて、右課税処分に関連する行政不服申立て及び取消訴訟の方式等についての特則を設けたもの、すなわち、固定資産課税台帳に登録された事項についての不服については、市町村長が固定資産の価格等を決定してこれを固定資産課税台帳に登録し、右課税台帳を関係者の縦覧に供した段階において、これに不服がある固定資産税の納税者に、固定資産評価審査委員会に審査の申出をさせ、さらに、右審査の申出に対する審査委員会の決定に不服がある場合は、右決定に対する取消訴訟によってこれを争わせることとし、この固定資産課税台帳に登録された事項についての不服は、これを固定資産税賦課処分に対する行政不服申立て及び取消訴訟における審査、審理の対象から除外する趣旨を定めたものであると解されるところである。

したがって、もとより、固定資産税の納税者が、固定資産税賦課処分に対する取消訴訟において、市町村長が、土地の現況地目を誤認し、右誤認に基づいて土地の価格を決定して、これらを固定資産課税台帳に登録し、右登録に基づいて固定資産税を賦課したことを理由として、当該課税処分の取消しを求めることができないことは明らかというべきである。

3 しかしながら、右の一連の規定をもって、右のように、固定資産税の賦課処分に関連する行政不服申立て及び取消訴訟の方式等についての特則を設けるという以上にわたって、市町村長がした土地の現況地目の認定に重大かつ明白な誤りがあり、ひいてはその認定に基因する固定資産税の賦課処分自体が無効であると認められるような場合において、右無効な課税処分により徴収された税額について、納税者が、一般の正義公平の原則に基づき、これを不当利得としてその返還を求めることも許さないとした趣旨のものと解することはできない。

すなわち、一般に、課税処分には公定力が認められる結果、その課税処分に違法事由が存在しても、その違法事由が取消原因にとどまるときは、右課税処分が取消訴訟ないしは権限ある行政機関によって取り消されない限り、当該課税処分に基づいて徴収された税額について、これを法律上の原因を欠く利得(過誤納金)としてその返還を求めることはできないが、その課税処分の違法事由が無効原因に当たる場合においては、当該課税処分に基づいて徴収した税額は、右課税処分の取消をまたず、法律上の原因を欠くもの(過誤納金)として不当利得を構成することとなるというほかなく、この場合において、納税者は、右税額について、一般の正義公平の原則に基づき、これを不当利得としてその返還を求め、また、裁判所は、右の請求の当否にかかる先決問題として、右課税処分に無効原因が存在するかどうかを審理、判断することができると解されるところである。

しかして、前記地方税法の一連の規定は、前示のとおり、固定資産課税台帳の登録事項について、固定資産税の賦課処分に至る前段階において、課税処分に対するそれとは別に、これに関する独立した争訟手続を設け、右登録事項についての不服については、課税処分に対する争訟手続によらずに、専ら右の独立した争訟手続中において解決することを意図したものである点において、独自の制度的意義を有することはいうまでもないが、右の趣旨に鑑みても、また、その規定の仕方ないしは文言に照らしても、右にみた違法な課税処分にかかる納税者の権利救済に関する現行法の一般的な制度的枠組みの下において、右の一連の規定が、固定資産課税台帳の登録事項に関する市町村の認定に重大かつ明白な誤りがあり、ひいてはその認定に基因する固定資産税の賦課処分自体が無効であると認められるような場合においても、納税者が、右無効な課税処分により徴収された税額(過誤納金)について、一般の正義公平の原則に基づき、これを不当利得としてその返還を求めることをも許さないとした趣旨のものと解することが合理的であるとする理由はこれを見出し得ないというほかはないからである。

4  そこで、これを本件についてみるに、控訴人らの本訴請求は、本件固定資産税賦課処分につき、京都市長がした本件土地の現況地目の認定に、それが昭和五一年度以降畑として使用されてきたにもかかわらず、これを雑種地とした重大かつ明白な誤りがあり、ひいてはその誤認に基因する右課税処分(の一部)が当然に無効である旨主張し、これを前提として、被控訴人に対し、控訴人らが被控訴人に納付した昭和五一年度から昭和六一年度までの固定資産税額のうち、右無効の部分に対応する税額(過誤納金)を不当利得としてその返還を求めるものであることが明らかである。

よって、被控訴人の前記主張は、いずれも採用の限りでない。

二したがって、前示のところによれば、原審裁判所においては、本訴請求の当否にかかる先決問題として、本件課税処分に控訴人ら主張のような無効原因が存在するかどうかを審理、判断すべきであったところである。

しかるに、前示のところと異なり、固定資産課税台帳の登録事項に関する不服について、地方税法上、前示のような特別の不服申立手続が用意されていることを理由として、一般法たる(民法の)不当利得に関する規定の適用は排除されているとの見解の下に、本件課税処分に控訴人ら主張のような無効原因が存在するかどうかについて何ら判断することなく本訴請求を排斥した原判決は、不当というべきである。

しかして、記録によれば、原審においては、本件課税処分に控訴人ら主張のような無効原因が存在するかどうかの点についての判断に必要な審理が未だ尽くされていないものと認められ、かつ、弁論の全趣旨によれば、控訴人らにおいては、右の点につき、今後さらに、書証(検号証)の提出を予定しているほか、人証等による立証を準備しているものと認められるところであり、これらの立証活動上の便宜や審級の利益の保障の要請を考慮すれば、本件については、なお第一審裁判所において必要な審理、判断を尽くさせることが相当と認められるところである。

第五結論

よって、民事訴訟法三八六条、三八九条一項により原判決を取り消し、本件を京都地方裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官後藤文彦 裁判官古川正孝 裁判官川勝隆之)

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